読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

いつでも、どこでも。

昨日、友人の家へ行く時の出来事。

出発する直前に、娘(2歳8ヶ月)が、きのこのチョコレート食べる!と言い始め、

前の日に娘が夫と買っていた、「きのこの山」のお菓子をお皿にいれて渡しました。

そして、娘はいつものように、すぐにボリボリと食べ始めていました。

 

出発する時間になりましたが、娘は、まだお皿の中の「きのこの山」を食べ終えていなかったので、

私は、娘に、「出発する時間になっちゃったから、

どこでもいつでも食べれるように、アンパンマンのお弁当にうつしていこう!」

と提案してみました。

娘は、うん、と頷いてくれ、そのようにして出発。

 

いつものように、すぐに食べるかなーと思いきや、

ベビーカーの上で、お弁当箱を握りしめたまま‥‥。

いつもは食べたいものを手にいれたら、大抵はすぐに食べる娘なので、

私は、少し不思議に思ったのを覚えています。

 

30分後くらいでしょうか、私はアンパンマンのお弁当のことなんてすっかり忘れてしまった頃、それは、山手線の電車に揺られている途中でした。

 

娘は、突然、「たべてもいーのーー?」と聞いてきました。

私は、何の話をしているのかわかるまで少し時間がかかってしまいましたが、いいよ、と言うと、

娘は、なんだかとっても嬉しそうに、アンパンマンのお弁当のふたを開け、「きのこの山」を食べ始めたのでした。

 

想像するに、娘は、

私が、アンパンマンのお弁当に「きのこの山」をうつした時に、

あとで、どこかで、食べるんだ!と思い、

そして移動中には、いつ食べようかとわくわくし、

もしかしたら、本当にどこでも食べていいのかな‥‥?とどきどきしていたりしたかもしれません。

いつでも、どこでも、の自由のなかで、

自ら選択するときの、ちょっとしたどきどき感‥‥。

 

普段は、退屈しのぎのために電車のなかでお菓子をあげたり、

夕御飯に食べるために焼き鳥を買って家まで娘にもってもらったり、

あとはそのお菓子自体をめちゃくちゃ食べたい!というもので、買ってすぐに食べる前提のものだったりと、

いつ、どこで食べるかが、色々な意味で既に決まっているものが多かったように思います。

 

今回のことは、娘にとって、

いつでもどこでも、を自分で選ぶ楽しさを満喫する、特別な体験だったのかもしれません。


f:id:ntamiko:20161124235608j:image